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安全対策

25年前の今日、1995年1月17日、午前5時46分、関西地方を中心に、震度7の巨大地震が発生しました。
犠牲になられた方、6434人等と戦後二番目の大きな被害となりました。(当時は戦後最大の自然災害被害)
当時、私は東京に住んでおり、農林水産省の職員でした。
出勤して、被害状況を把握するのもテレビ(NHKが中心)と地方の出先機関からの電話、ファックスでの情報のみです。
政府全体でも情報収集の遅れ、一元化が中々できず「非常災害対策本部」を設置したのも、地震発生から4時間14分後でした。
兵庫県知事からの自衛隊への災害派遣要請も、地震発生から4時間後でした。
このように、行政機関の初動対処が遅れたことも、被害を拡大させた要因だったとされています。
大きな被害を出した「阪神淡路大震災」の教訓を生かし、その後、様々な制度が見直されました。
減災対応としては、(消防組織の)「緊急消防援助隊」、「(警察組織の)「広域緊急援助隊」、「災害派遣医療チーム(DMAT)」が組織の壁を超えて設立され、建築物の耐震基準も強化されました。
「被災者生活再建支援法」も制定され、個人の住宅再建に公的支援をすることが「可能」になりました。(最近の台風や大雨の頻繁で、制度の拡充を求める声が強くなっています)
一方で財政的にどこまでが、対応可能か悩ましい問題でもあります。
因みに、個人の意志で対応できる「地震保険」の加入率は、1994年に全国平均「9%」だったものが、2017年には「31.2%」と上昇しているものの、「まさかの時」を考えるとまだまだの水準です。
「大きな災害」への対応は、自身で対応する「自助」、お互いが助け合う「共助」、公の組織が助ける「公助」が「正のトライアングル」になった時、最も力が発揮できると思います。
これをしっかり造りあげていきたいと思います。
ここに改めて、犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

明日、明後日は大学入試センター試験です。31年間続いた「センター試験」も今年で終わり、来年からは「大学入試共通テスト」として、新たに出発です。受験生の皆さん、今まで努力してきた成果を、十分発揮して目標(合格)に向かって頑張ってください。応援しています🙌👊

様々な追悼も行われます。
1.17のつどい
http://117notsudoi.jp

1.17希望の灯り
http://117kibounoakari.sakura.ne.jp/newpage/?page_id=66

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